朝露のヨーグルト

私はヨーグルトをよく食べます。ジャムを入れたり蜂蜜を入れたり、ときにはフルーツにかけたりとその日の気分で楽しんでいます。学生の時は、行きつけのラーメン屋さんでラーメンを食べた後にフローズンヨーグルトを食べるのがお決まりのコースでした。季節のフルーツや数種類のソースのトッピングがあって、濃厚なラーメンの後に食べるとたまらなく美味しかったんです。どっちかっていうと、デザートがメインだったかも。
先日こんなコラムを読みました。ブルガリアではミルクと朝露だけでヨーグルトを作る日があるっていうんです。ヨーグルトって確か牛乳に乳酸菌を入れて作るんですよね。コラムのタイトルを見た瞬間、思わず「マジっ?!」ってその記事に顔を近づけてしまいました。ミルクの中に乳酸菌を含んでいる朝露を入れたり、朝露がついてる枝を入れたりするとヨーグルトが出来るんだそうです。すごい!それに、よくわからないけど何だかブルガリアっぽい。それを読んだ私の頭の中には、民族衣装の女性たちが朝の森の中を歩いている光景がはっきり見えました。かすかに音楽まで聞こえたような。いったいどんな味なのかな。私が知っているいつものそれとはきっと違う気がします。一度でいいから食べてみたいな、そのロマンチックなヨーグルト。もしかしたら、それって森の妖精のしわざなんじゃない?

こんな日に限って・・・

雨の日は出来ることなら出かけたくないなぁっていつも思ってしまいます。車でちょこっと出かけるくらいなら何ともないんだけど、電車に乗って行くとなるとそれは別です。まず傘を持って行かないといけないから晴れの時と違って手がふさがってしまいます。それだけでも悩みに種なのに、この前なんか大きな荷物を持って行く必要があったんです。両手がふさがって、もう不便なこと極まりない。まぁ、荷物が大きいだけで軽かったからまだ救いでしたけど。でも駅で電車を待っている時に電話がかかって来て、出るのにも一苦労。まず荷物を下に置いて傘と手提げを腕に掛けて、それからスマホをバッグから取り出さなきゃいけなかったんですもの。なんでこんな時に電話って、もう半分泣きそうでした。
ようやく電車に座れてホッと一息でした。けど、いつもならこの電車に乗ってる時間は読書タイムというところなのに、なんせその日はバッグを膝の上に置き、傘と手提げを左手で持って荷物を右手で支えて、とゆっくり座ってもいられません。こういう時は人間ウォッチングをするしかないと、なんとなく周りを見ていました。スマホを触っている人が多い中、ポツポツと本を読んでる人が混ざっているという感じでした。本の読み方もそれぞれです。膝のうえに置いている人や両手で目の前に持っている人。何を読んでいるのかと興味がありましたが、そこはカバーが邪魔して見えません。そんなことを考えているうちに、空が少し明るくなってきました。おかげで気持ちも少しは明るくなって乗換えにも前向きになれました。またバッグを肩にかけて傘と手提げを持って荷物を持って、人の流れの中を進みながら、荷物のなくなる帰りは絶対に読書タイムにしようって心に決めました。

奇跡の夕焼け

空には毎日いろんな表情があります。晴れて雲一つない青空はどこまでも続いていて、こんなにも高かったっけと思う日があります。綿菓子を思い出すような大きくモコモコの雲や薄い筋雲、そしてうろこ雲があったり、空の青とのコントラストはいつの日も本当に素晴らしいものです。いつも不思議とエネルギーをもらえる気がします。
その中でも夕方の空は特別です。いくつもの色が混ざり合って、時間とともにどんどん変化していきます。頭の上はまだ青いのに西の方はオレンジ色に染まっていきます。それも濃いオレンジから金色を混ぜたようなオレンジ色になって広がっていくんです。そこにかかっている雲は濃い影になって浮かび上がります。この前は、そんな中を流れ星みたいに細く尾を引くひこうき雲が見えました。そして東の方を見てみると、そこには西とは全く違う世界がありました。遠くに見える山々がピンク色に染まり、山を背景にしている町並みもピンク色に照らされていたんです。思わず息を飲んで、しばらく見入ってしまいました。アッと気づいてシャッターを押したのは少し時間が経ってからです。写真を撮ることさえ忘れてしまうほどの奇跡の光景でした。さっそく今までに撮りためている空のアルバムに入れました。それぞれの写真に言葉を添えていつか本にできたらいいなって思っています。あの日の夕焼けはきっと表紙を飾りますね。

楽曲データの加工

小説を読んでいる間に流しておくBGMを、最近ではネット上で探すことが多いです。フリーでも有料でも、数が多いのが魅力です。試聴して気に入れば、すぐにダウンロードしてしまうことも多いです。
先日、そのようにしてダウンロードした楽曲に、違和感を覚えました。どうやら試聴用のデータは、導入部をカットしたものだったようです。個人的には聞いたままのものが良かったので、何とかならないかとサイト内を彷徨っていると、利用規約の中に、加工は自由にして良いという一文を見つけました。個人使用なので、他のあれこれにひっかかることもなさそうでした。
そこで、フリーの楽曲編集ソフトを使い、加工をしてみることにしました。こういうことでもなかったら、使わなかったであろうソフトなので、ある意味ラッキーでした。あの部分が好みでなかったあの曲も、ああしてこうして……ふふふ。
と、そんなわけで、早速データを読み込んでみると、音の波形が表示されました。解説サイトを見ながら導入部をカットし、ぶつ切り感が出ないように色々いじって、エフェクトをかけて……完成しました。思ったより簡単でした。
やっぱり「聞きたい」と思ったままの形で始まると落ち着きます。作曲者さんには申し訳ないのですが。その曲はお気に入りの1曲として、常にプレイリストに入っています。

理想の暖房器具?

ここのところ、個人的には身体が冷える日が続きました。かなりの冷え性なので、ちょっとでも気象条件が変動すると、あっという間に指先、爪先が冷えきってしまいます。かといって、みっちり厚着すると、血管が圧迫されて余計冷えてしまう面倒くささ。
血管はかなり細い方です。血液検査の時なんて、何度も何度も針を刺し直されます。痛いです。そういえば○歳の時の点滴なんて、最終的には足から入れられました。あの時はベッドの上で泣いたなあ……。「だったら最初からそうしてよ!」と……。
と、まあ、そんな感じなので、薄着のままで何とか温かくせねばなりません。タオルケット、ブランケット、着る毛布。季節によって使い分けます。こたつが大好きなのですが、これはちょっと季節が限られる上、まずいですね、色々と。首まですっぽり入って小説を読んだり携帯ゲームをしたりする時の幸福感といったら……そのまま寝てもよし。いえ、よくはありませんが、駄目人間度が加速します。
こたつよりは温まるまでに時間がかかるものの、ギリギリ駄目人間にならないでいられる暖房器具が、ポータブルヒーターです。コンセントさえあれば、家中どこにでも持って行けて、眠くならない程度に空間を温めてくれる……。お気に入りです。

お別れの前に

定期的に書棚の整理をする際、捨てるにしろ売るにしろ、アルコールで表紙を拭いてからさようならすることにしています。売る場合ならともかく、捨てる場合なら一見無駄な行為に見える作業ではあります。……が、いわばこれは「お別れの儀式」なのです。
元々私は優柔不断の上、粘着質な気質の持ち主なので、所有物を手放すとなると、それはそれは長い熟考の時間と、清水の舞台から飛び降りる覚悟が要るのです。そうして選別を終えた本すらも、いざ手に取るといちいち読み耽ってしまって、なかなか作業が進みません。
しかし、「後悔するんじゃないか」「損するんじゃないか」……などといった怖れも、表紙を綺麗にしているうちに段々と落ち着いてきます。そしてすっかり綺麗になった頃には、心の整理がついている、といった感じなのです。やれるだけのことはやった、という満足感も生まれます(笑)。
そうしてやっとの思いで手放した本(特に小説の場合が多いです)を、もう1度手に取ってみたくなることがあります。が、たいていの場合は一時の衝動で済みます。あの心苦しい作業をもう1度やってまでも欲しいか、読みたいか、と自分で自分に問いかけて、Yes!と返ってきたなら即買います。そうして戻ってきた本のほとんどは、整理の対象になることもなくずっと書棚の中にいます。

Gとの戦い

家族の部屋にGが出たそうです。研究者をしている彼の部屋には私のそれ以上にたくさんの本があり、隠れ場所にも事欠かないので、居心地が良いのでしょうか。他の部屋では全く見つかっていません。
ソヤツはベッドの下に逃げていったそうです。彼のベッドには抽斗収納が付いているのと、夜中だったのとで、追い切れなかったとのこと。その夜はあまり良質な睡眠が取れなかったそうです。気持ちはとてもよく分かります。
翌日、彼といっしょにドラッグストアに行き、対策グッズを購入しました。曰く、「1匹見たら30匹いる」ツヤツヤ茶色いアイツではなく、産卵周期が長い黒っぽいソヤツだったのだそうです。ですのでホイホイとホウ酸団子程度で充分だろうと言っていました。……正直、よく観察できるなあと思いました。
その翌日、見事にホイホイにかかっていたそうです。その後簡単に掃除をしてみたところ、卵を産んだ形跡もないので、とりあえずは大丈夫だろうとのこと。
私にも、「古本いっぱい持ってるんだから気を付けろよ」とのアドバイスをいただきました。まあ確かに、Gの隠れ里になるのも、紙魚の巣窟になるのもいやですね……。愛する小説を守るためにも、ちょっと本腰入れて虫害対策してみた方が良さそうです。向こうから流れてくるかもしれないし(笑)。

ラッキーか、アンラッキーか

私って案外ついてるのかもしれない、と思うことがあります。宝くじに当たるとか、福引きが当たるとか、そういった関係の話では全くないのですが。
先日、我が家の洗面台の蛇口が壊れてしまいました。パッキンの部分が割れてしまって、吐水口側のパイプと分離してしまうようになったんです。そのため、たっぷりと水を出そうとしようものなら、あっという間にパイプが取れて、勢いよく水が噴き出し、全身水浸しになってしまうのです。
最初に被害に遭ったのは、私の直後に使った家族でした。私の時には何ともなかったんです。とりあえず業者さんが来るまではテープで補強して騙し騙し使うことになりました。そしてその後も、やはり私の時は大丈夫で、テープずれ等の被害に遭ったのは他の家族でした。
洗面台は脱衣所にあります。お風呂で小説をだらだら読むことが多い私としては、あまりにも強烈な水気は大敵です。なので本当、ラッキーだなあ、と。他の人を犠牲にした幸運ではありますが(笑)。
そういう話を、修理が終わった後に夕食の席で家族に話しました。私だけ被害に遭ってないぞ、ふははははと。そうしたらまあ宝くじを買ってみろだの何だのと、冗談交じりで色々言われてしまいました。ちなみに、300円以外当たった例しがありません。

本棚に残る本

書店の中を巡りながら好みの本を探していると、どんどんとテンションが上がっていきます。書見コーナーがあるような大きめのところだとなおさらです。特に何か買う予定でもなかったのに、「もう絶対何か買って帰る!」という気持ちになってしまいます。
そういう時に購入した本が本棚に残る可能性って、案外低いことに最近気付きました。定期的に書棚の中身を整理することにしているのですが、真っ先にその対象になることが多いんです。中には本当にぴたりと波長が合って、いつまでも残っているものもあるにはあるのですが、少数です。
きっとそれは本当に必要なものだったのではなく、衝動買いだったから……なのでしょうね。直感と衝動の区別が付けば良いのに、と思います。それらの本でもまったく得るものがなかったわけではないので、完全に損したわけではない……と思うのですが、買ってから1、2ヵ月で手放そうと考えてしまった時には、さすがにちょっと後悔しました。
逆に、いつまでも残したい、整理の対象にするなんてとんでもない、と思うような本(小説が多いです)は、初読時から三色ボールペンなどであれこれ書き込んでしまうことが多いです。売ったり捨てたりするつもりがないからでしょうね。人間って不思議です。

家族と山手線ゲーム

夕食後、テレビ好きの家族とビール片手に番組観賞をしていました。その時放映されていたのは、世界のグルメ紹介番組でした。自分の食べたことのないあれやこれやを芸能人がおいしそうに食べているのを見ていると、羨ましいと思うと同時に、それだけで仕事になるって良いなあ……と小市民の嫉妬混じりの視線を送ってしまったりするのです(笑)。
そこから派生して、家族と、各国の名物というお題で山手線ゲームをすることになりました。私たち2人は負けず嫌いで、暇つぶしのしりとりにも結構本気を出してしまうのです。「る」責めやら、「り」責めやら、特定のワードやジャンルを出さない縛りプレイやら。その日もお互い、大人げなく本気で相手を負かそうとしていました。
最初は世界の名物を答えていても、段々と範囲は限定されていきますね。相手は日本へ、私はとある探偵小説にハマった関係で手に入れた資料が記憶に新しかったので、イギリスへと。おとなしく私も日本産のあれこれを潰していれば良かったのに、変に対抗意識を出したのがまずかったのです。すでにこの時点で負けは確定していたようなものでした。資料があるとはいえ、ネイティブの情報量にはかないません。しかし、料理がまずいまずいと言われているイギリスにも、色んな料理があるのです。そこは主張してゆきたいです。